阿部耕也の紅茶日記
第2回「ママとTEA」

8月5日は日曜日でした。私はロンドンの東部、テムズ川のほとりの世界遺産にも指定されている海事都市グリニッジにいました。とあるティールームで、おいしいと伝え聞いたバナナケーキとブレンドの紅茶を注文し、何とも快適にまったりとお茶を飲みました。酷暑も手伝ってか、もともとラフで抜っぷりがいいこの店は、ますます私をまったりとさせてくれました。
 実に思い腰(おしり)を上げて向う先は、旧王立天文台のあるグリニッジパークです。そこはまるでビーチのようでした。水着の男女、ピクニックを楽しむ人々と観光客で溢れ返っています。レジャーシートといってもビニールの味気ない画一的なものではなく、どれもが素敵。でも食べ物を準備する時間は節約しているのが見てとれます。彼らはこの陽光を享受しようと急いで飛び出して来たのでしょう。私が訪れた7月~8月のイギリスは、そんなピクニックをしている人たちがたくさんいました。

私もすっかりハマって、週末ごとにピクニックを繰り返すようになりました。私の場合はお花見やお散歩とランチをセットにしたレジャーという感じです。萩なら仙台市野草園が素適です。そうそう、萩は仙台市の自然愛護を象徴する花ですね。
さてその準備と言っても、、、バスケットに簡単なサンドイッチとフルーツ、水出しの紅茶(これは2ポット分くらい準備しないと家族からブーイングが起こる)に詰めておしまい。何と言ってもそこには青い空、風、雲、とお花があります、お弁当なんて「チチンプイプイ」ママの魔法でごちそうに変身です。付き合う3歳の娘もピクニックが大好き、主人までもがハマって嬉しい限り。
「ピクニックの成功はママ次第」そんな使命感に燃えてお気軽に準備します。ママは家族の日常のコーディネーターかもしれませんね。ママの職場は「日常」です。でも日常もその繰り返しが人生になるとすれば、ママの奮闘は何と尊いものだったのでしょう!実はこれってイギリスでの紅茶体験から思うことです。ティータイムの持つ雰囲気ってママの存在感に近いというか、日常を濃密にしてくれる気がするのです。
「寛ぎ」とか「癒し」と言葉にしてしまうと、それもちょっと違う気がしてまだ言葉を見つけることが出来ないのですが。

ところで紅茶にハマる前のイギリスをご存知ですか。それまでのイギリスはエールと呼ぶ穀物酒、すなわちビールやジンに溺れた時代がありました。子供までもが水分補給を目的に飲んだと言います。中世までは日常が飲酒でした。
日常と言えばそうそうママです。だからこのエール作りはやっぱりママの仕事(家事)だったそうです。
やがて酔うことも健康を害することもないお茶が、ミルクやお砂糖と出会うことで人々を魅了し始めて行きます。なぜ単なる紅茶が文化レベルまで昇格したのかは各人のロマンティックな想像に今回はお任せして、私は私が知り得る事実のみをご紹介致しましょう。

それでは真打、私のイギリス滞在中のお母さん、Mrs.Kayの登場です。イギリスの日常の紅茶、そのほんのひとコマではありますが。
「ネオミ!」。小腹が空いたとき、外出から戻った時、おしゃべりがしたいそんなタイミングで彼女は私に「teaはいかが?」と誘ってくれました。私の名前は「直美」と言いますが、「ネオミ」とねちっこく名を呼ばれると嬉しくてキッチンに飛んで行ったものでした。ごく普通には「Sainsbury’s Brown label」というブレンド紅茶をティーバッグで、外出の前は「YORKSHIRE TEA」というカフェインレスの紅茶をティーバッグで、余裕がある時は「PG tips」をティーバッグではなくリーフで入れてくれました。いずれの場合もステンレスで二重構造になっているポットを使用し、彼女的定量のお湯を注ぎ、ティーバックなら2個、リーフならティースプーン3杯を入れてかき混ぜてから蒸らします。次にカップに各人の好みに合わせた種類のミルクを入れておきます。紅茶の温度を下げないために量はわずかです。彼女はオーツ麦から作る飲料を好んでミルクの代わりにしていました。私には娘さんのSemi-Skimmed Milkを使ってくれていました。おおらかに蒸らした後、もう一度かき混ぜて均一にしてから注ぎ分けます。グラニュー糖は各人が加えます。彼女は私の目を気にしながら(私はノンシュガーなため)でも毎杯必ずお砂糖を加えます。家族全員の好みを把握しているのだと言わんばかりに自信たっぷりに入れてくれた紅茶は確かに美味しくて実に驚きました。家族全員の好みに応じた紅茶を準備する技は、茶道具とともにママからママへ代々受け継がれたものです。彼女とのティータイムは心地良く、すぐに私は彼女のお誘いを期待して待つようになりました。

 さて娘は私を「紅茶の先生」だと誇らしそうですが、それは私が「保育園の先生も紅茶のことはわからない」と胸を張って見せるからです。子供は「紅茶しかわからない」とは受け取らないのでかわいいです。ケイとのティータイムを通して、ママの日常がいかに普段の生活の中で、いい感じをクリエイトしそれを繋げていくものであったかを学びました。
「ケイ、いい感じのティータイムをたくさんありがとう」